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十二月文楽鑑賞教室/十二月文楽公演 [観劇(伝統芸能)]


十二月文楽鑑賞教室/十二月文楽公演
国立劇場(小劇場)
2007年12月9日(日)11時/14時開演

今月は、東西で四座の観劇だけでも大変なところにちょっと大きい所用やらゴルフの予定やら入って忙しい中、この日は文楽のダブルヘッダー(この言葉も最近あまり見かけないが)。

第39回 国立劇場文楽鑑賞教室(Aプロ)

1.寿柱立万歳
   太夫:始大夫 才三:相子大夫 芳穂大夫 希大夫/団吾 清 清公
   < 人形役割 >
    大夫:勘市 才三:清五郎
三河地方起源の芸能で、初春の江戸風俗でもあった三河万歳を人形の踊りに仕立てた一幕。義太夫も掛け合い、三味線も三丁で賑々しく展開される。人形の動きや台詞に、門付け芸らしい雰囲気もほんのりと漂う。

2.解説 文楽の楽しみ
  義太夫節について  睦大夫/龍爾
  人形の遣い方    勘市
初心者向けではあるものの、毎回それなりに楽しませてもらえる。今回の3人も、特に外連味なく地道に話を進めるが、義太夫では「裏門」の実演で「お軽がお姫様だったら」バージョンなども興味深かった。人形遣いについても、足遣いの難しさにしっかりと触れていたが、舞台下駄の説明で勘市が「人形一筋の私たちですが、いつも二足の草鞋を履いています」と言ってもあまり受けていなかったのはちょっとかわいそうだった。

  近松半二・近松加助=作
3.伊賀越道中双六 沼津の段
   前  文字久大夫/宗助  ツレ 清馗
   後  英大夫/清介  胡弓 清公
   < 人形役割 >
    呉服屋十兵衛:和生 荷持安兵衛:玉誉 親平作:勘十郎 娘お米:紋豊 池添孫八:清三郎
まず前段は文字久大夫と宗助で、情景と展開を丁寧に語り進み、十兵衛はともかく平作のキャラクターはきちんと伝わってくるが、後につながる盛り上がりが欲しい気もした。

その後段は英大夫と清介で、こちらは徐々に緊迫感を高めてくどくならない具合が絶妙。登場人物の中では、前段に引き続き平作に焦点が当てられているように感じられた。

それは人形についても同様で、和生も十分に遣ってはいるが、やはりこちらは玉男の不在を意識せざるを得ずいささか十兵衛が地味な一方で、勘十郎は平作の枯れた風情も一徹さも過不足なく表現していく様はまずまず床と合っていたように感じられた。


十二月文楽公演

  近松門左衛門=作
1.信州川中島合戦 輝虎配膳の段
   越路:松香大夫 輝虎:新大夫 お勝:呂勢大夫 唐衣:南都大夫 直江:咲甫大夫
   甘糟・柿崎:靖大夫 /燕三  琴:寛太郎
   < 人形役割 >
    長尾景虎:玉女 直江山城守:玉輝 甘糟:清五郎 柿崎:簑一郞 宇佐美:玉佳
   直江女房唐衣:勘弥 母越路:和生 勘助女房お勝:紋豊
戦国の甲斐・武田氏の戦略を記した軍学書である「甲陽軍艦」を題材とした近松の時代物ということで、かなり古風な雰囲気の強い演目。歌舞伎でも何回か観ているが、その古風さもあって素直に胸に響くことは意外と少ない。

今回の文楽での上演でも義太夫はそれぞれに健闘していたと思うのだが、より気持ちを動かされたのは人形の方で、特に玉女の景虎がナーバスさと大きさを自然に感じさせてまずまず。燕三の三味線もなかなかにダイナミック。また、景虎の怒りをとどめようとお勝が琴を奏でる場面は、寛太郎の演奏自体はもう一段スムーズさが欲しいものの、紋豊の遣う人形の動きとも相俟って、歌舞伎で観た時よりも自然な流れで受け止めることができたように思う。

  近松半二=作
2.新版歌祭文
 座摩社の段
   久松:咲甫大夫 小助:津国大夫 金右衛門:文字栄大夫 法印:始大夫 お染:睦大夫
   勘六:相子大夫 左四郎:つばさ大夫 弥忠太:芳穂大夫 下男・下女:希大夫 /清志郎
 野崎村の段
   中 三輪大夫/喜一朗
   前 津駒大夫/清友
   後 文字久大夫/錦糸 ツレ 清馗
   < 人形役割 >
   山家屋左四郎:玉志 丁稚久松:文司 手代小助:勘十郎 山伏法印:勘緑 油絞り勘六:幸助
   鈴木弥忠太:清三郎 娘お染:簑二郎 下女お伝:紋臣 下男喜八:文哉 岡村金右衛門:玉佳
   娘おみつ:清之助 親久作:玉也 祭文売り:勘市 下女およし:清三郎  おみつの母:玉英
   油屋お勝:亀次 船頭:簑一郎 駕籠屋:玉勢・紋吉
「座摩社」はこの夏の上方歌舞伎会で歌舞伎でも初めて観たが、考えてみると文楽でも今回が初めてかもしれない。歌舞伎の時にもそれなりのテンポが感じられたが、その点ではやはり文楽に分がある。ただ一方では、お染・久松の逢い引きも交えつつ全体としてはチャリ場的雰囲気が強い中で、入れ替わり立ち替わり登場する人物をもたつかずに各人が語ってはいたが、やはり却って散漫な感じがしないこともない。その点、小助のキャラクターで押し切る歌舞伎の方が焦点がはっきりするように思えた。とは言え、やはり小助を勘十郎が遣うのは今月の顔ぶれの中では贅沢感もあり、十分に楽しめた。

「野崎村」も、祭文売りが門口に立つところから始まったが、これも初見だと思う。さらに、終盤で目の不自由なおみつの母が登場し娘の姿を知って嘆くところが義太夫の詞章どおり上演されるが、ここは歌舞伎ではまずカットされる場面。確かにこちらの方が、お染・久松の短慮を止める顔ぶれが三人になってバランスが良いし、何よりもおみつのその後の気持ちの動きに無理がない気がする。
ただ幕切れは、駕籠屋と船頭の滑稽な動きを見せて終わってしまう感じが強く、駕籠屋の素朴な所作で一呼吸置いた上で見送ったおみつが久作に向かって泣き崩れ終わる歌舞伎の方が、見物の受け止めとしては感情移入し易い。
義太夫の語りについてはそれぞれが丁寧に進めていたが、特に後の文字久大夫はくどくなり過ぎず淡々としつつも見物を泣かせる場面では十分に濃い語りを聞かせてくれた。


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